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楽な方へ、楽な方へ。〜アリの巣穴から、現場と人間のことを考えた〜

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皆さんは、アリの巣を観察したのは、何年前ですか?

私は今日、やりました。そして気づいたら、アリの土の捨て方から、建設現場の安全の話、さらには「人間とは何か」みたいなところまで考え込んでいました。改善紀に記します。

この記事を読んでわかること

  • 自然観察が、なぜ思考の「ノイズ」を消してくれるのか
  • 「楽な方へ流れる」という、アリと人間に共通する性質
  • アリにはなくて、人間にだけある「認知で行動を変える」という力の話

自然に身を投じると、思考のノイズが消える

都会は情報が多い。広告、広告。みんな誰かに何かを買ってもらおうとしています。後ろから歩いてくる人もいるので、歩みを止めることも難しい。ふと立ち止まる瞬間なんて、ほとんどありません。

一方で自然はどうかというと、実は自然の中にいても情報はかなり入ってきます。風で葉っぱが揺られる音や虫が飛んでくる音、日光のきらめき。姿は見えないけど移動している小動物の気配。踏みしめるたびに落ち葉の音。いきなりクマが出てくるんじゃないかという恐怖。でも、自然の中にいると、不思議と思考のノイズが減ります。人間としての感覚が研ぎ澄まされる感覚があります。普段は目にも止まらないようなものを発見することができる。

今回、私が発見したのは、アリの巣でした。

ノイズが減ると、観察の解像度が上がる。そして観察の解像度が上がると、普段は眠っている直感や感性みたいなものが、少しだけ研ぎ澄まされる気がします。今回の考察も、たぶんその状態だったから出てきたものでした。


アリの土の捨て方を見て、考えたこと

近い場所に、アリの巣穴が2つありました。よく見ると、掘った土を捨てている範囲(土捨て範囲)の形が、左右で違うんです。片方はきれいな円形に近く、もう片方は明らかに偏った半円型になっていました。

同じくらいの場所にある2つのアリの巣穴。土捨て範囲の広がり方が違う

なぜだろう、と考えてみました。偏っている方の巣穴は、上方向が斜面になっていたんです。ということは、土を「上」に運ぶのはコストが高い。だからアリは、楽な「下り方向」に多めに土を捨てているんじゃないか——というのが、その場で立てた仮説です。

面白いのは、一見すると行き当たりばったり(ランダム)に見えるアリの行動も、「楽な方にちょっとだけ偏る」という性質を1つ足すだけで、あの偏ったドーナツが説明できそうだ、というところでした。専門的には「ドリフト付きランダムウォーク」と呼ぶものらしいです(本当はもっと奥が深いのかもしれません)。

家に帰ってからAIに聞いてみたら、なんと、すでに研究論文が見つかりました。

アリの土捨てについては、すでに2007年に研究が発表されているようです。アリは地面の局所的な傾斜を手がかりにして、捨てた土が巣穴に転がり戻ってこない「下り方向」を選んで土を落としている、という内容でした。

参考: The organization of soil disposal by ants (ScienceDirect) https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0003347207005076

歩道でぼーっと立てた素人の仮説が、ちゃんとした査読論文の結論とだいたい一致していた。


これ、実は「現場」の話だった

これ、アリの話に見えて、そのまま人間の話じゃないか、と。

建設現場には、安全通路があります。でも、たいてい遠回りです。仮に5分かかるとします。一方で、手すりを乗り越えて楽をすれば、1分で休憩所に着く。人間はどちらを選ぶでしょうか。

おそらく99%の人は、ちゃんと安全通路を通ってくれるとする。でも、急いでいる人、ちょっと気の緩んだ人——その1%が、つい手すりを乗り越えてしまう。危ないけど、早いし楽だから。

人間も、無意識に「どっちが楽か」を常に測っているんじゃないか。

私は施工管理として、現場で人の動きを見てきました。だいたい人は楽な方に流れるよな。その経験という下地があったからこそ、あの土の山が「運搬コストの地図」に見えたんだと思います。下地がなければ、あれはただの砂の山で終わっていた。観察を「考察」に変えてくれるのは、結局その人が積んできた経験なんだな、と改めて思いました。


アリと人間の、決定的な違い

ただ、アリと人間には、決定的に違うところがあります。

それは、人間は「虚構(フィクション)」を信じられる、ということです。

「ルールだから守る」「みんなで決めたから守る」「仲間に怪我をさせたくないから守る」——これらは、物理的な崖や手すりのような“実体”ではありません。人間どうしが共有している、いわば物語です(『サピエンス全史』を読んだことがある人には、おなじみの考え方かもしれません)。

アリが「楽な方へ寄る」という性質を変えようと思ったら、進化という、気が遠くなるほど長い時間が必要です。でも人間は違う。進化を待たなくても、認知を変えるだけで行動を変えられる。「ここは危ないよね」と思えるようになれば、楽なショートカットを自分の意志でぐっと我慢できる。物語の力で、行動をアップデートできるんです。これは、人間のとんでもなくすごいところだと思います。

ただ同時に、これはめちゃくちゃ面倒くさいところでもあります。物語は揺らぐからです。放っておくと、「今日も大丈夫だった」が積み重なって、ショートカットする1%がじわじわ2%、5%と増えていく。安全の世界では、この“なし崩し”を「逸脱の常態化」と呼んだりするらしいです。(AI曰く)

だから、安全大会も、声のかけ合いも、なんなら月1回の飲み会も、一度やって終わりではなく、ずっと続けないと効かない。物語は、放っておくと薄れていくものだからです。


まとめ:面倒くさいけど、だから面白い

それでも私は、この「面倒くさい」が、わりと好きです。

崖(楽すぎるショートカット)を設計の工夫でそもそも無くすのか。それとも、物語の力で逆向きの引っ張りをかけ続けるのか。人間が相手だからこそ、「じゃあ、どうすればいい方向に進むだろう?」と考え続けられる。そこにこそ、人と協力して大きな仕事をすることの、面白みややりがいがあるんじゃないか、と思っています。

そしてもう一つ。今回のように、「アリの巣、なんか偏ってるな」という素朴な疑問をAIに投げると、関連する論文まで一緒に出してきてくれる。それで一気に知見が深まる。昔なら「ふーん」で終わっていたはずの観察が、査読論文と地続きになってしまう。この感覚が、今いちばん面白いです。

自然っていいですね

ということで最近撮った、自然っていいな〜写真を載せておきます。

曲がりくねった道
縁の下の緑たち
ささくれと太陽
ABOUT ME
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淡々と改善している人
建設会社にて、現場の施工管理からDX推進、データ利活用や機械学習を経て、現在は社内の市民開発(Power Platform)を推進しています。
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